CULTURE

飛騨国分寺

2023/11/02 更新

悠久の時を刻む、高山の象徴。樹齢約1250年の大銀杏が季節を告げ、街中にあって静寂に包まれる飛騨随一の古刹。

静寂に包まれる、飛騨随一の古刹

746年、聖武天皇の勅願によって建立した飛騨国分寺。
高山市の町中に立つ高野山真言宗の寺院で、飛騨随一の古刹の名にふさわしい風格があり、境内には多くの文化財が点在しています。
飛騨三十三観音霊場の第1番札所でもあります。

山門をくぐるとすぐ正面には、高山市の有形文化財に指定された鐘楼門があり、下層は旧高山城の遺構を一部移築したものとされています。
上層は梵鐘の改鋳に伴い増築したものと考えられていますが、上下で調和を保っているのがわかります。

飛騨高山にある唯一の三重塔

鐘楼門を通り抜けると、右手には飛騨高山唯一の三重塔がそびえ立ちます。
礎石上端より宝珠上端まで22メートルほどの高さを誇り、敷地内でも圧倒的な存在感を放つ三重塔は、国分寺建立の際に七重塔として建てられたもの。
819年に一度焼失しましたが、850年代に再建されました。しかし、戦乱によりさらに焼失し、再建を繰り返します。1791年には強風で倒壊した記録が残っていますが、1821年に再建され、現在の姿になっています。塔の内部には四天柱があり、大日如来を安置しています。
古い歴史のある飛騨高山で唯一の三重塔です。

鐘楼門の奥には本堂が待ち構えおり、現存する本堂は室町時代に建てられたもの。
大きな修理を経ているものの、室町時代からの貴重な建築物であるということから、重要文化財に指定されています。
本堂内部には、本尊薬師如来座像、聖観世音菩薩像(国の重要文化財、阿弥陀如来、不動明王は県の重要文化財に指定)が安置され、本堂の1m下には奈良時代の金堂の遺跡が確認されています。

樹齢1250年の大銀杏

飛騨国分寺には国の天然記念物にも指定されている樹齢約1250年の「大銀杏」があります。
秋には黄一色に衣替えし、壮観な光景が見られます。

この銀杏には、三重塔にまつわる伝説があります。

創建当時、初めて七重塔(初めは三重ではありませんでした)が建てられた時のこと、大工の棟梁が誤って柱を短く切ってしまったそう。
棟梁の一人娘である八重菊という少女はいたって孝心深く、父の心配事を知り色々考えた末に、父に「柱の上に枡組(木を方形に組むこと)を作れば、装飾になってかえって美しくなるのでは」と助言しました。
やがて塔は立派に完成し、その出来栄えは国中の評判となりました。
しかし父は自分の名誉を守るため、八重菊を殺して境内に埋めてしまいます。
八重菊は自分の死を受け入れ、「自分が死んだ後は女の人々の願いを叶えてほしい」と祈り、この寺の人柱となりました。

八重菊の塚の上には一本の銀杏が植えられ、今では根本に石の親子地蔵が祀られています。
この銀杏に願かけをすると母乳の出ない母親は母乳が出るようになるという言い伝えや、垂下する気根(空気中に出る根)を乳房に見立て「乳イチョウ」とも呼ばれています。
昔から、国分寺の銀杏の葉が落ちると雪が降る、などとも言い伝えられています。

▲境内の庚申堂にある「願掛けなでさるぼぼ」
平成19年4月に飛騨のさるぼぼ製造協同組合が寄進した「願掛けなでさるぼぼ」。
石像の横にはさるぼぼ人形を供養する棚も設置されており、願いが叶ったらここにさるぼぼ人形を戻す仕組み。飛騨地方特有の光景です。

高山駅からもほど近く、中心部にあるためアクセスしやすい「飛騨国分寺」。
飛騨高山観光の際には外せないスポットです。
是非訪れてみてはいかがでしょう。

ACCESS INFORMATION

住所 岐阜県高山市総和町1丁目83

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