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悪鬼、それとも救世主?ふたつの顔を持つ、異形のダークヒーロー。

両面宿儺

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飛騨の両面宿儺は民を守る正義の味方

▲円空が彫った宿儺像。県指定有形文化財。
高山市丹生川町に伝わる、飛騨の豪族「両面宿儺」。
推定1600年前、飛騨に存在したとされる異形の人物です。
かすかな笑みを浮かべる慈愛に満ちた穏やかな顔と、抑えきれない怒りをあらわにした憤怒の顔をもち、手足は4本、身の丈およそ七尺(約2m)あまりの風貌。
日本書紀には、朝廷の命に従わず人民を略奪して楽しんでいた凶賊として、難波根子武振熊(なにわのねこたけふるくま)に討たれたと記述されています。

その一方で、飛騨地方では今もなお信仰を集めている「両面宿儺」。
「日本書紀」とは異なった姿の伝説が多数あります。

神様として扱われていた両面宿儺(善久寺)

高山駅から車で30分ほどの場所にある「善久寺」には、宿儺出現の様子が詳しく記述された『両面宿儺出現記』が遺されています。
伝説によると、仁徳天皇の時代、山が鳴動し、岩窟の中から大きな両面宿儺が手に鉞(まさかり)を持って出現したとされています。
両面宿儺は自らを十一面観音の顕現であると名乗り、やがて善久寺を建設しました。
善久寺の創建年代は不明とされており、元は真言宗の寺院でしたが江戸時代には曹洞宗に改宗しました。
そのような縁もあり、善久寺の本堂には両面宿儺像が安置されています。
作者や制作年代は不明ですが、その像からは、端正で柔和な表情が伺えます。
※土日祝のみ拝観可能

また敷地内には「御石膳」があります。
これは難波根子武振熊と戦うため丹生川村を出る際、村人からもてなしを受けた宿儺が民に害が及ぶことを気遣い、軒から外れた石を膳に鍋を食べたとされる由来があります。
善久寺に伝わる「両面宿儺」は、思いやりに溢れる善人だったことがわかります。

そして善久寺からほど近い飛騨大鍾乳洞の向かいには、両面宿儺が出現したとされる両面宿儺洞窟があります。
洞窟の奥にも宿儺像が安置されています。
※現在落石の恐れがあるため立ち入り禁止となっています。そのため、両面宿儺洞登口には、両面宿儺遥拝所が開かれています。

また、丹生川町では毎年11月に「飛騨にゅうかわ宿儺まつり」が開催されるなど、今もなおこの地域に根付く、両面宿儺の人気ぶりが伺えます。

標高が高く、夏でもかなり涼しい飛騨千光寺には、1,600年前、仁徳天皇の時代に両面宿儺が開山したと伝えられ、4体もの宿儺像が祀られています。仏像を生涯に12万体も彫ったといわれる円空が、晩年千光寺を訪れて「両面宿儺坐像」を彫ったことでも有名です。
両面宿儺像は円空物寺宝館に展示されています。

『千光寺記』によれば、両面宿儺は仏法の契約によって出現。
袈裟山の山頂で『妙法蓮華経』や袈裟を掘り出したことから、寺の名を袈裟山千光寺としたと伝えられています。

▲宿儺かぼちゃ
また、高山には「宿儺かぼちゃ」という飛騨野菜も存在します。
古くから丹生川地区で作られてきた伝統の飛騨野菜で、へちまのような形と、甘みとほくほくとした食感が特徴です。
果肉の色は濃くて肉厚。
両面宿儺のように、末永く人々に親しまれることを願い名付けられたそうです。

山に住む毒竜や悪鬼を退治したり山野を開拓して祈りの場所をつくるなど、地域を中央集権から守る善神だったとして、今もなお信仰を集める両面宿儺。
慈愛に満ちた穏やかな表情と怒りを顕にした憤怒の形相を併せ持つ両面宿儺は、煩悩や誘惑に打ち勝つ強さを持った仏様として、今もなお、飛騨人の心に息づいています。